ジュディ・ガーランド Judy Garland

女優、歌手(1922.6.10~1969.6.22 米ミネソタ州生)。
本名、フランシス・エセル・ガム。
ボートヴィリアンの父と、ピアニストの母の間に生まれ、7歳から二人の姉と共に「ガム・シスターズ」としてデビューした。
1939年公開の、「オズの魔法使い」ドロシー役で注目を集める。(ドロシー役は、当初シャーリー・テンプルの予定だったが、契約上の理由で見送られ、急きょジュディに決定した)

ジュディは、容姿は美人とはちょっと言いにくい。しかし、わけの分からない迫力があり、美人に見えるときがある。いわゆる「化ける」女優だったのである。
演技については、語られることが少ないが、「スタア誕生」などを見るにつけ、決して演技のできない女優ではない。しかし、彼女の演技に説得力を持たせるには、常に彼女の歌が必要だった。それが、「ミス・ショウビズ」と言われる所以である。
ジュディの歌唱力はものすごい。ジュディが歌い始めると、隣にいる人が(例え大スターでも)かすむくらいにスゴイ。これは、基本的に音楽のことが分からない私が言うのだから間違いない。
音楽の分からない人間というのは、どんな名曲・名演奏を聴いても、「別に、普通の曲じゃん」と思うものなのである。しかし、ジュディの歌は何かが違う。
ちなみに、私はそれほどのガーランド・ファンではない。映画も、数本しか見ていない。ファンでもなく、音楽も分からない人間にこう思わせるジュディは偉大である。

7歳からデビューしたたたき上げだけあって、ジュディはダンスもこなす。ステップは、一回見れば覚えるそうで、アステアは非常に楽だったそうな。

大きな才能に恵まれながら、47歳の若さで、睡眠薬の飲みすぎにより事故死。睡眠薬は、「オズの」ドロシー役で人気が出て、超過密スケジュールをこなすようになったときから、つまりは16歳から飲み続けていた。
睡眠薬の多用と、神経症による奇行が、若い頃から見られ、撮影をすっぽかすことも多かった。「ブロードウエイのバークレー夫妻」は、元はアステア&ガーランドで予定されていたが、ジュディの精神不安定のため、アステア&ロジャースに変更されたのである。(自分が下ろされて、ジンジャーに変わられたと知ったジュディは、撮影所に乗り込んでジンジャーを罵倒した)

生涯で、5回結婚しており、2度目の夫ヴィンセント・ミネリとの間の娘がライザ・ミネリ。

アステアとの映画の共演は、「イースター・パレード」のみだが、戦争中のハリウッド基金巡業でも一緒のステージに出ている。

●代表作
「オズの魔法使い」
「スタア誕生」
「サマー・ストック」
「若草の頃」

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