ジンジャー・ロジャース Ginger Rogers

アメリカの女優。(1911.7.16~1995.4.25 米ミズーリ州生)
本名:ヴァージニア・キャサリン・マクマース。映画と舞台で活躍した。

歌と踊りも並み以上にこなしたが、アカデミー主演女優賞を取った演技派でもある。


アステアとジンジャー

ジンジャーは、アステアの、最も有名なダンスパートナーである。
「アステア&ロジャース」と呼ばれ、二人が踊ったRKOの映画シリーズは一世を風靡した。

アステアと踊るジンジャーのダンスは、とてもプロの教育を受けていないダンサーとは思えない。しかし、ジンジャーがソロで踊るのを見ると、どれほど彼女がアステアに引き上げられていたのかが分かる。

アステア&ロジャース人気の全盛期には、「アステアとジンジャーは、実は仲が悪いんだ」という噂が盛んに人の口にのぼった。
しかし、アステアとジンジャーは、映画で共演する前に、プライベートで何度かデートしている。「一度」ではなく、「二度以上」のデートをしているのである。つまり、二人は、元々は「どっちかと言えば、気の合う二人」なのである。

ただし、映画を何本も作るうちに、二人の間に確執が生まれたということは、考えられる。
しかし、撮影所で「二人がののしりあった」とか、「冷たく無視しあった」という話は聞かないので、「適度な距離感を賢く保った二人だった」というところなのではなかろうか。

ちなみに、ジンジャーとフレッドの初デートは、セントラルパークの中のカジノだそうで、二人はそこで初めてのダンスを踊った。このシチュエーションは、「バンド・ワゴン」の「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を思い出させる。

アステア&ロジャースの魅力

私は、「アステア&ロジャース」ペアに、ほかのぺアには見い出せない、高度な一体感があったことを、ダンサー・アステア自身が、十分に承知していたはずと思っている。ジンジャーと組んだことは、アステアにとっては「幸福」の一要素だったはずである。(何本もジンジャーとセット売りじゃ嫌だ、と思ったとしても)

アステアは、生前「自分と踊った女性パートナーは、全員自分の要求するステップの困難さに泣いたものだ。泣かなかったのは、ジンジャー・ロジャースだけだった」と語っている。ジンジャーの力を、誰より知っていたのは、アステアだったのではなかろうか。

アステア&ロジャースの魅力は一体何なのか、この答えを出した人を、私は知らない。「答えらしきもの」さえ、見たことが無い。
アステア&エレノアとか、アステア&シド・チャリスならば、分析することは可能だと思うのだが、ジンジャーの場合は、「何かがあった」としか言いようがないのである。

確かなことは、アステア&ロジャースの魅力は、「アステアだけが頑張って作ったものではない」こと。ジンジャーの技術と個性も、確かに二人のダンスを支えたのだ。
このことを実感するには、「RKOのアステア&ロジャース映画数本」→「ジンジャー以外のパートナーと踊ったアステア映画数本」→「ブロードウエイのバークレー夫妻」の順番で、映画を見てみると分かる。
「バークレー夫妻」のアステア&ロジャースの安定感は、おそろしいものがある。ジュディでも、シドでも、エレノアでも、ヴェラ・エレンでも、こうはいかない。本質的に、アステア&ロジャースは、「何かが」一致している。

二人は、特に相性判定して作られたチームではなく、「空中レビュー時代」のプロデューサー、ルウ・ブロックが引き合わせた、ほとんど「出会いがしら」に出会ったパートナーであった。そういう意味では、本物の「奇跡のダンスチーム」だったのだろう。


家族・親戚

幼い頃に、両親の離婚を経験している。また、そのために、祖父母に育てられた時期がある。
若い頃のジンジャーには、しっかり者のステージママ、レラ・ロジャースが付いていて、映画会社には、なかなか手ごわい交渉相手だったらしい。
また、ルシル・ボールとは、遠い親戚であり、親しくしていた。ルシルが芸能人として大成したのは、レラの影響があるともいわれている。

ニックネーム

芸名である、「ジンジャー」というのは、元々ニックネームだった。
本名の「バージニア」を、幼い従兄が発音できなくて、「ジンジャー」と呼んだために、親戚うちでは「ジンジャー」で通っていたのだそうな。つまり、身内での呼び名を芸名にしてしまったのである。

趣味

アステアもそうだが、ジンジャーもスポーツ好きで、アウトドアの人である。テニス、射撃、釣りなどが得意だった。
その一方で、絵や彫刻を作ることも趣味としていた。多趣味の人であり、多分、好奇心の強い人だったのではなかろうか。

私生活

アステアとのRKOでの最後の共演(カッスル夫妻)をした次の年、ジンジャーはオレゴンに牧場を購入し、仕事の無いときは、牧場で暮らした。(オレゴンの家には、アステアも訪ねて行っている)

生涯で、5回結婚しているが、いずれの結婚も、ごく短い期間である。
ジョージ・ガーシュインいわく、「ジンジャーは、誰にでもちょっと恋をするが、誰にも大恋愛はしない」のだそうである。

晩年は、持病の糖尿病が悪化し、車椅子生活を送っていた。

ジンジャーとアステアは、同じ墓地に葬られている。天国でも、二人は踊ったのかな?

アステアとの共演作品(すべて映画)

「空中レビュー時代」Flyng Down to Rio
「コンチネンタル」The Gay Divorcee
「ロバータ」Roberta
「トップ・ハット」Top Hat
「艦隊を追って」Follow the Fleet
「有頂天時代」Swing Time
「踊らん哉」Shall We Dance
「気儘時代」Carefree
「カッスル夫妻」The Story of vernon and Irene Castle
「ブロードウェイのバークレー夫妻」The Barkleys of broadway
以上、10作品。

●代表作
「恋愛手帖」

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