ダンシング・レディ Dancing Lady

●1933.12.2 MGM
●日本公開1934(MGM配給)

キャスト  役名…俳優名

ストーリー

ダンスのすぐれた才能を持ちながら、イマイチ花開かないジェニーは、きわどすぎる衣裳で踊る舞台に出て、警察に検挙されてしまう。
職をなくしたジェニーを、金持ちのトッド・ニュートンが、援助しようと申し出るが、彼女は、愛人扱いしようとするトッドの言いなりになろうとはしない。

トッドに、「ブロードウエイになど立てまい」と言われたジェニーは発奮し、有名監督パッチの作品に出演するチャンスをつかむ。
才能と根性で、ジョニーはスターの座に上り、一流ダンサーのアステアと共演できるまでになり、パッチの愛も手に入れる。

ミュージカル・ナンバー (★はアステアのナンバー)

  • Hey,Young Fella
  • Hold Your Man
  • My Dancing Lady
  • Heigh-Ho,the Gang’s All Here★
  • Let’s Go Bavarian★
  • That’s the Rhythm of the Day

その他情報

  • アステアは、「ダンシング・レディ」の製作に入る前に、すでにRKOと専属の契約を交わしていた。そのため、MGM映画への出演は、「一作だけ貸し出された」状態だった
  • クロフォード、ゲーブルらの大スターとの共演に、アステアは喜んだらしい
  • NYで、コーラスガール時代に「ブロードウェーのアステア」を見ていたジョーン・クロフォードも喜んだらしい
  • クロフォードは、本作で共演したフランチョット・トーンと、1935年に結婚したが、1939年には離婚した
  • クロフォードは、本作で共演したゲーブルとも恋愛関係にあったことで有名。ゲーブルとは、他にも共演作が多数あり、恋愛関係を解消してからも友情を保ち続け、互いに深く理解していたという
  • クロフォードと、ゲーブルが恋愛関係にあった時期は、どう考えても、トーンとクロフォードが結婚していた時期とかぶっている
  • 「ダンシング・レディ」のラッシュを見たアステアは、自身を「重々しい踊り、ナイフみたいな顔」と評した
  • 「ダンシング・レディ」撮影に入ったアステアは、東部からハリウッドに移ってきたばかりで、勝手がよくわからず、映画の現場の慣習も知らず、MGM広報のジェリー・アッシャー(気配りの人だったらしい)を頼りにしていたという
  • ダンスを「撮影すること」は初めてだったアステアは、基本的に現場での指示どおりに踊った、と語っている(アステア自伝「Steps in Time」より)

スタッフ

製作……デイヴィッド・O・セルズニック
監督……ロバート・Z・レオナード
原作……ジェームズ・ワーナー・ベラ
脚色……アレン・リヴキンP・J・ウルフソン、ロバート・ベンチリー
撮影……オリバー・T・マーシュ
特殊効果……スラヴコ・ヴォルカピッチ
音楽……ルイス・シルヴァーズ
ソングライター……ハロルド・アダムソンドロシー・フィールズロレンツ・ハートアーサー・フリードバートン・レインジミー・マクフューリチャード・ロジャースナシオ・ハーブ・ブラウン
振り付け……サミー・リーエディー・プリンツ
録音……ダグラス・シアラー

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